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天生峠の紅葉

天生峠の紅葉

いつか見た天生峠の紅葉・・・今頃、最高でしょうね・・
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今年は、赤目48滝を予定してますが・・
ちょっと忙しく・・行けるでしょうか!(^^)!


ブログ更新、少しお休みモードになります。
皆さんのブログは、時々、訪問させていただきます。
コメントは残せないかもしれませんが、どうか、よろしく・・・







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[ 2013/10/23 15:35 ] 風景 | TB(0) | CM(-)

日本のマチュピチュに伝わる太鼓踊りⅡ

日本のマチュピチュに伝わる太鼓踊りⅡ

少し高台にある村の鎮守様
急坂を上り、途中で一服・・記念撮影をします。
お隣で、撮らせていただきます。
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小学生からお年寄りまで・・
太鼓を持つのは、比較的若い男衆
お年寄りは横笛とお囃子・・
 小学生は、真ん中で、太鼓に合わせて、舞い踊り・・
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舞う人の尾っぽを持つと、元気な子に育つとか・・・

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最後に甥っ子たちをシルエットに・・

11月初めにも、春日の他地区で、同じような太鼓踊りがあるとか・・
行ってみたいですね・・自宅から、30分で行けますから・・
[ 2013/10/18 19:05 ] | TB(0) | CM(0)

日本のマチュペチュに伝わる太鼓踊り

日本のマチュピチュに伝わる太鼓踊り

前にも紹介したことのある旧春日村上ヶ流地区
日本のマチュピチュと言えば、竹田城が有名ですが、
ここも、日本のマチュピチュと呼ばれてます。
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12日、この地の祭礼で、伝統の太鼓踊りが奉納されました。
見ての通り、山の上にある平地に開けた地ですから、
今は若衆は少なく、伝承することも大変なんでしょう。

若い衆、年配の方、小学生、皆さんの嬉々として取りくむ姿に感動しますね。

実は、甥っ子の嫁さんの在所はこの地でして・・・先ずは、ご挨拶を…
といっても、あったことは2回のみ、どこに家があるかもわからなくて‥
少し広い所に車を止めて、軒先で忙しく祭りの準備をしていらっしゃる方に、
遠戚の家を尋ねると、「案内したげるわ」と、親切に・・。

予想通り、遠戚の方は、びっくりされましたが、
間もなく、甥っ子の嫁さんと子ども達も来て、年一回のお祭りですから、
ふだんは静かな里山もにぎやかになるんですね。

そんなことで、甥っ子の子どもと一緒に、カメラを持って・・・

さて、太鼓踊りですが、1時に区長さん宅に集合、先ずはそこで、太鼓踊りが奉納されます。
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ちょっと一服・・・高い所で、眺めも良く・・
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区長さんの軒先で・・・里山に伝わる小さなお祭り・・・個人的には大好きです。

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この後、村の鎮守様に向かいます・・・


To be continued















 
[ 2013/10/13 21:38 ] | TB(0) | CM(3)

洛南の名所・・松花堂庭園

洛南の名所・・松花堂庭園

光明寺の前に立ち寄ったのが、松花堂庭園
松花堂と言えば、松花堂弁当
京都吉兆 松花堂店で頂きました。
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松花堂弁当(しょうかどうべんとう)は、中に十字形の仕切りがあり、縁の高いかぶせ蓋のある弁当箱を用いた弁当

「松花堂」の名は、江戸時代初期の石清水八幡宮(京都府八幡市)の社僧であった松花堂昭乗(1584年(天正12年) - 1639年(寛永16年))に因むものである。昭乗は、農家が種入れとして使っていた器をヒントにこの形の器を作り、絵具箱や煙草盆として使用していた。

その入れ物が松花堂弁当に発展したのは、それから数百年たってからである(昭和の始め(1933年(昭和8年))頃とされている)。貴志家の大阪(桜宮)邸内の茶室「松花堂」で茶事が催された折、後年、日本屈指の名料亭「吉兆」の創始者となる湯木貞一に、この器で茶懐石の弁当をつくるようにと命じたのがはじまりである(ウィキペディアより)

気配りはすごいんですが、これにお吸い物とごはん、漬物、デザートで、3900円
(4000円より100円安いのがミソでしょうか)

庭園内には珍しい竹がありました。

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タラヨウの葉です。
葉の裏面を傷つけると字が書けることから、郵便局の木として定められています。
切手を貼ると、ハガキとして通用すると説明を受けましたが・・本当でしょうか。

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タラヨウに 二人の行く末 願掛けて
 
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これより先は内苑、良い所なんですが、写真撮影は禁止です。
京都には、そんな史跡が多いですね。
書院の昔ガラス
ひずんだガラスに映った木々の緑を撮りたくて・・やはり、ダメと言うことで・・



[ 2013/10/11 19:17 ] 風景 | TB(0) | CM(2)

甍(いらか)

そうだ 京都、行こう。

JR東海「そうだ 京都、行こう。」のキャンペーン寺院、長岡京の光明寺に行きました。
一応、仕事の研修ですが、自腹のお遊び旅行です。
京都は、いつ行っても良いです。
コースは、石清水八幡宮、松花堂、そして、光明寺・・・
もちろん、食事は、「京都吉兆」…初めて、「吉兆」を利用しました。

先ずは、紅葉で人気の光明寺・・
もちろん、紅葉はまだまだ先の話・・今回は緑葉の光明寺です。

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この辺りの紅葉は、有名ですね・・今は、青葉が秋風に揺れています・・
とても大きな寺院で、今回は甍の部分がとてもきれいでした。
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光明寺は、あの法然上人が、初めてお念仏を唱えた場所と言われ、
西山浄土宗の総本山として今に至ります。
実際に建立に尽力したのは、戦いの空しさを悟って出家をし、
法然の教えを受け継いだ武士・熊谷直実(くまがいなおざね)です。
「何人もの人をあやめた武士でも、お念仏によって救われる」という法然の言葉に感動した直実の思いを今に伝えます。


興味のある方は↓

熊谷 直実(くまがい なおざね)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武蔵国熊谷郷の出身・・平家に仕えていたが、石橋山の戦いを契機として源頼朝に臣従し御家人となる。
のちに出家して法然上人の門徒となり「蓮生(れんしょう / れんせい)」と号した。
『平家物語』「敦盛最期」の章段における平敦盛との一騎打ちは、武家の性(さが)や世の無常観を表現する題材として後世武士の間で非常に好まれ、直実は敦盛とともにこの故事の主人公として、能の演目『敦盛』、幸若舞の演曲『敦盛』をはじめ様々な作品に取り上げられている。

野生ランのクマガイソウ、アツモリソウはこの2人の名前に由来します。

クマガイソウ、アツモリソウの名は、膨らんだ形の唇弁を昔の武士が背中に背負った母衣(ほろ)に見立て、がっしりした方を熊谷直実(くまがいなおざね)に、優しげな姿の方を平敦盛(たいらのあつもり)にあてたものである。花色がそれぞれ白、赤っぽいため源氏の白旗、平氏の赤旗に見立てたための命名ともいわれる。

光明寺が熊谷直実にゆかりのあり寺とは知りませんでした・・
まじめに研修してきました!(^^)!


[ 2013/10/02 19:26 ] 寺院 | TB(0) | CM(4)















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