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芭蕉と大垣

松尾芭蕉と大垣

芭蕉は大垣を4回訪れています。

芭蕉が最初に大垣を訪れたのは、「野ざらし紀行」の途中
大垣の俳諧をリードしてきた谷木因の再三の誘いによるものです。

それから5年後の
元禄2年3月27日に、
片雲の風に誘われて、漂白の思いやみがたく「みちのく」へ旅立ました。
これが世に名高い「奥の細道」の旅です。
この旅の「むすびの地」として大垣を訪れたのが3度目の来垣です。

芭蕉は暫く大垣にとどまり、
俳友 谷木因らと親交を深めた後
水門川を下って揖斐川、そして、伊勢に旅立ちます。
仲間との別れを惜しんでよんだのが
「蛤のふたみに別行秋ぞ」
奥の細道むすびの句となります。

そんなことで大垣には
芭蕉にちなんだ施設や句碑がいたるところにあります。

「ミニ奥の細道芭蕉句碑めぐり」
奥の細道2,400kmを
市内にある愛宕神社からむすびの地までとみたて、
代表的な22句を選び、句碑が作られています。

左は旅立ちの句「行春や鳥啼魚の目ハ泪」
右は日光での句「あなたふと青葉若葉の日の光」
IMG_0001_1_20120817193850.jpg IMG_0001_5_20120817193900.jpg

下は蛤塚
むすびの句「蛤のふたみに別行秋ぞ」とあります。

IMG_0001_7_20120817193919.jpg           IMG_0001_8_20120817193933.jpg
芭蕉と木因像
大垣の船町港にあります。

IMG_0001_6_20120817194007.jpg
 
ただ今
ちょっとしたボランティアで
「芭蕉元禄の街大垣」という
レポートを書いています。

身近に居ながら、知らないことも多く、
調べながらの毎日です。
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[ 2012/08/17 20:02 ] 日常 | TB(0) | CM(3)

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2012/08/18 19:48 ] [ 編集 ]

ヒロさん こんにちは♪

わぁ~ヒロさんは大垣と芭蕉に関するレポートですか♪
お疲れさまです☆
いざ書くとなると あやふやな事は書けないから
いろんな資料を検索しながらとなるのでしょうねd(^-^*)

この時期 芭蕉と聞けば 
思い出すのが『夏草や 兵供が ゆめの跡』ですが
といっても 4つ5つぐらいしか思い浮かびません(゚ー゚;アセ...

忍者疑惑なども聞いた事がありますが
芭蕉は確か 伊賀出身でしたよね?
だからなのでしょうか?(笑)

素敵なレポートが仕上がりますように♪
[ 2012/08/19 10:01 ] [ 編集 ]

みなみさん こんばんは
不安定な天気が続いています。雷も心配です。

> わぁ~ヒロさんは大垣と芭蕉に関するレポートですか♪
そうなんですよ。2カ月に一回、会があって、
それに合わせるようにレポートをまとめています。
芭蕉は身近な存在なんですが、
調べて初めて知ることも多く、ちょっと大変です。
それでも、こういう機会でないと、知ることもないですから、楽しみでもあります。
芭蕉の句は忘れてますね。
調べているうちに思い出します。
チームで取り組んでいるのですが、
最終的には中学生が読める本になりますから、
間違いがないように慎重にやらねば・・・ですね。

忍者説、ありますね。でも、調べてみると純粋な俳人のようですよ。

[ 2012/08/19 19:14 ] [ 編集 ]

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